日本産ヤスデの飼育方法
(主にミドリババヤスデ
Parafontaria tonominea (Attems, 1899)について) (2018年10月2日加筆)

とりあえず飼育、産卵、孵化まではクリアしましたのでここに記しておきます。

次なる目標は、今いる幼体を成体まで育て上げ、累代飼育繁殖です(早くて3年後)。



ペットトレードに乗って売買されている一部の大型ヤスデを除いて、ほとんどのヤスデは飼育方法や繁殖方法が解明・確立されていないようです。
多分、大学や農林関係の研究機関ではある程度研究されて、わかっているのかも知れませんが、それらのデータ・論文等を入手する方法を持ち合
わせていない一般素人には試行錯誤しながら自分なりの飼育繁殖方法を確立するしかありません。そのことは「多足類読本」の著者である田辺力
氏も書いていますが、「飼育法の開発はそれ自体が(ヤスデ飼育の)楽しみの1つ」なのです。PDCAサイクルを活用するのも一つの方法ですね。



◎ミドリババヤスデの飼育方法について
ミドリババヤスデの飼育方法を模索中ですが、今のところこの方法がベスト、またはベターであると言ったところまで到達していないのが実情で
す。
また、繁殖までには至っておりません。それらについては、追ってこのページに追記していきたいと考えています。それまでの間、下記の「多足
類読本」に書かれている飼育方法等とともに私が実際に飼育してきた内容や考え、感じたことを赤字書きしていますので参考にしてください。


● ミドリババヤスデの生活環
ミドリババヤスデは3年で成体になり、翌年の初夏に産卵する事が、島根県の三瓶山の個体群で確認されています。それについては、「ミドリバ
バヤスデの生活史」(金子信博 橋本みのり)という論文
に書かれています。興味のある方は是非一読されることをお勧めします。

キキシャヤスデが1年に1回脱皮し齢を重ね、8年で成体になることと比較しての内容となっており、ミドリババヤスデの場合は、1年で複数回
脱皮が可能ということで、3年1化だそうです。しかしながら、3年1化は、あくまでも島根県にある三瓶山の島根大学三瓶実験林(北緯35°9'、
東経132°40'、標高400メートル)の個体群での話なので、他の地域のミドリババヤスデもすべて3年1化かと言われると不明です。

私の飼育経験では、成体になって少なくとも1回の冬は越すことを確認しています。

それから、ミドリババヤスデやキシャヤスデは、土食のヤスデです。杉の落葉なども食べますが、落葉(腐葉土)以上に大量の土を食べては排出
します。このあたりは一般的なペットヤスデと大きく違うところです。

それ以外については、「多足類読本」に書かれている内容を参考にすれば問題なく飼育できると思います。

「密度と餌の違いを考慮したババヤスデ科2種(キシャヤスデ,ミドリババヤスデ)の糞の化学性の比較」という論文の中に以下のような記述が
あります。

ミドリババヤスデの成虫は,表層性や表層採食地中性種のミミズと同様に土壌とリターの混食をすることが報告されている

ミドリババヤスデも幼虫時は土壌食であり,成虫になると土壌とリターの混食を行うことも報告されている

島根県三瓶山のミドリババヤスデは3年ごとに周期的に地上に出現することが知られている

三瓶山に生息するミドリババヤスデは生活史が3年で,その間に7回の脱皮をして成体になると推定されている

キシャヤスデの生息が確認されているのは標高700m〜1810mであるのに対して,ミドリババヤスデは400m付近でも生息している


以上のことから、
@ミドリババヤスデの食性は、幼虫期は地中で土壌食、成体になると地表近くでリターと土壌の混食になる。(異論無し)
A論文では島根県三瓶山のミドリババヤスデという限定ではあるが、生活史は3年である(逆算すると年2回程度の脱皮を行う可能性)。(異論
 無し)
 ただし、3年周期で大発生して群遊するかと言われると、私が採集する場所では、3年周期の大発生はなく、毎年平均して発生している。それ
 については私のブログ(http://hidecco.blog.fc2.com/blog-entry-2147.html)で書いているとおりである。

私の方の生息調査を見ていただくとわかるとおり、7月〜8月が地表付近への出現率が高いことがわかります。寒くなると地中へと潜ってしまう
のでしょう。あるいは繁殖を終えて死に絶えてしまうのかも知れません。少なくとも私が調べた大津市内の2地点に置いては、3年周期で大発生
すると言えるほど生息数に有意性を見いだせるものではありませんでした。三瓶山のようにある程度標高が高くなると大発生の周期性や齢の同期
などがおこるのかもしれません。

B島根県三瓶山のミドリババヤスデは標高400m付近でも生息していると記述していることから、論文発表者は標高がそれなりに高い場所また
 は冷涼な環境に生息していると考えているように思えるが、滋賀県大津市(詳細地点は伏せておく)では標高150m〜170m地点にも生息
 している。京都府八幡市でも標高100m程度の所でも生息している。

成体はリターと土壌の混食について、詳細はわかりませんが、それらしい行動をしています。少なくとも土を食べて、泥土状の糞として出し、そ
れを重ねた塊を作ることは過去、何度か飼育して観察しているので間違いないです。

これらの泥土糞塊を利用して産卵部屋を作るとか作らないとか一部ネットでそれらしい記述を見たことがありますが、ミドリヤスデでそのような
部屋を作っている実際の画像データ等はありませんので真偽の程はわかりません。ここ(森林総合研究所企画調整部研究情報課研究の"森"から)
には「越冬中のキシャヤスデ」の画像があります。こんな感じで産卵部屋も確保するのではないかということです。

成体は比較的寿命が長くいずれも数ヶ月以上生存する.その間,成体は卵塊で産卵する.1卵塊が300-600程の卵数で,生涯産卵塊数は普通1,
多くて2程度である.(出典:外来種ヤンバルトサカスデの生態と大発―キシャヤスデの生態との対比を中心に−
確かに、以前飼育したときは夏頃採集してそのまま冬越しをし、翌年梅雨頃まで生きていました。うまくすれば1年近く生きます。(実証済み)

ミドリババヤスデがそのままキシャヤスデの生態と同じかと言われれば「わからない」としか答えられませんが、今のところそれに準じるのでは
ないかと想定して飼育観察を続けるしかありません。参考にならないかもしれませんが、以前私が飼育していたカメルーンストライプフラットミ
リピード(ショップ販売名)やタンザニアラスティフラットミリピード(ショップ販売名)も同様な形態を取って産卵するようです。

参考https://www.ikari.jp/gaicyu/47020d.htmlとして、某害虫駆除会社のページには「キシャヤスデは夏に土中に数百個の卵を卵塊で産み、幼虫が1ヵ
月後に孵化し、腐植物質を食べて越冬し翌年2齢となる。1年に1回脱皮して8年目の夏に成虫となる。したがって大発生は地域ごとに8年周期で
起こる。ヤンバルトサカヤスデは、11月頃、夜間に大群となって移動する。」とあります。

産卵は夏から秋にかけて行われるようなので、短日もしくは気温低下が何らかのトリガーとして作用しているのではないかと推測されます。
参考までに某ツイッター(https://twitter.com/mi_hashimoto)にあったキシャヤスデの卵塊の写真を・・・



某メーリングページ(https://www.freeml.com/kuranet/6491/)では以下のような回答が記載されています。
三瓶山では3年で成虫となり,齢が同期しています.8齢が成虫にあたり,7齢から地表を移動できます.蒜山のものも8月に土壌中で脱皮室を
自分の糞で作り,1ヶ月かけて成虫になり,ふたたび地表を移動するでしょう.移動は交尾のためで,夜間に移動しますが,曇天,雨天の場合に
は昼間も移動します.来年の初夏に産卵をして成虫はすべて死亡します.




○ミドリババヤスデ飼育の写真

飼育ケース全体の様子(やや少なめの個体数が良い)


飼育ケースを横から見た様子(床材は数センチ以上あった方が良い)
飼育ケースを横から見た

交尾の様子
交尾の様子

オスの生殖肢(画像中央付近のカールしている部分)
オスの生殖肢

土を食べては排出し、こんな造形物を作り出します。若齢時には、これで脱皮用の部屋を作ったりするようです。



○ミドリババヤスデの繁殖

2018年10月2日に、ミドリババヤスデの卵塊及び幼体を確認しました。
繁殖に成功しました。

 ↓ ミドリババヤスデの卵塊


 ↓ ミドリババヤスデの2齢幼体


 ↓ 体長は約2ミリ


 ↓ 左下の白い物が脱皮殻です。



ヤスデ飼育者のバイブルとも言うべき「多足類読本」から、飼育方法について書かれている部分をかいつまんでご紹介します。少なくとも日本産
のヤスデを飼育する際にはとても参考になります。熱帯(外国)産についても基本的なところは変わりません。温度管理について記述があります
ので、それを参考にすれば問題ないはずです。ここでは省略します。

(ここからは「多足類読本」からの抜粋です。赤字は私個人の意見です。


「飼育のポイントは温度、湿度、餌、そして床材(容器の底に敷くもの)にある。温度と湿度は飼育環境に左右されるため、状況に応じた対応が
必要になる。また、飼育法は目的が鑑賞なのか研究なのかでも異なってくる。多足類の飼育法についての報告は少なく、開拓の余地はおおいにあ
る。私自身も日々模索しながらやっているのが実情である。ここで紹介するのを1つの例として、各自、適切な飼育法を開発されたい。飼育法の
開発はそれ自体が楽しみの1つであろう。
(中略)
飼育する多足類についての知識として、飼育しようとする多足類がどのグループに属するか識別されたい。属までの識別については、「日本産土
壌動物〜分類のための図解検索」を参照されたい。グループが判明したら、次に飼育するものが成体なのか幼体なのか、雄なのか雌なのか、どの
変態様式をとるのかなどを確認しよう。脱皮が予測されるのであれば、それに応じた方法が必要になる場合がある。繁殖を試みるのであれば、雄
と雌のつがいが必要となる。現実には思い通りにはいかないことも多いだろう。少しずつわかっていくということでよいのではないだろうか。」
(とある熱帯産タマヤスデの達人曰く)  
「ヤスデ飼育の魅力は「手さぐり感」なんです。
頭の中で、いろいろと妄想して試すのが猛烈に楽しいのです。
その最終目標は繁殖です。
もちろん長期キープも繁殖プロセスの途中過程として大切ですが、そこは着地点ではありません。
例え長期キープできても、最終目的である繁殖ができなければ、自分にとって面白みが半減です。

それらを客観的に捉えると、飼育法が確立していない生き物の繁殖を目指すなんて、要するに博打なんですよね。
博打で勝つには、データで攻略するもヨシ、ヤマを張って夢を見るのもまたヨシ。
最後に勝てば、それが私にとって正解なんです。
つまり正解の数は一つじゃないんです。
飼育人口が多いほど、その考え方は様々ですから。


ちなみに、その熱帯産タマヤスデの達人曰く
「ほらね、おっちゃんくらいのレベルになるとミャンマーのタマヤスデ(ピコボール)は殖やせるんだよ」だってさ。さすがは熱帯産タマヤスデの達人
です。言うことが違いますね。私は熱帯産タマヤスデなんて殖やせません。



◎飼育道具


○ 飼育容器
プラスチック製の飼育容器が人手しやすく価格も手頃でよい。ガラス製の水槽では、ガラスの接着に使われるシリコンの部分をヤスデが登るので、
避けた方がよい。
蓋が出来て出来るだけ底面積が広く、深さは20センチ程度あれば良い。広ければ広いほどよい。

○ 床材
床材は園芸用の腐葉土、生息地の落葉土、杉の落葉土などを用いる。床材の厚さは4〜6pぐらいでよい。ヤスデは床材に潜るため、体長10p
を超えるような大型のヤスデを飼育する場合は、ちっと厚くしてもよい。飼育しながら状況に合わせて厚さを調整するとよいだろう。床材が厚い
ほど保湿はよくなる。鑑賞目的でありながらヤスデが床材にいつも潜ってしまうときは床材の層を薄くしてみるとよい。落葉土や腐葉土には様々
な小動物や菌類、細菌類が入っているために、殺虫・殺菌をほどこすとよい。落葉土性のヤスデの場合は、落葉土が食べものである場合が多い。
餌の箇所も参照されたい。脱皮や繁殖を試みる場合も上記の床材を用いる。ヤスデの多くは自らの排泄物や土を使って脱皮用の繭を作る。また、
産卵も落葉土中の隙間に産卵したり、産卵用のドームを作ってその中に産卵するものがある。園芸用の腐葉土でうまくいけば、入手も管理もやり
やすいが、研究目的で飼育する場合など、確実性を高める必要があれば、やはり生息地の落葉土を用いるのがよいだろう。生息地が遠く落葉土の
調達が難しい場合は、杉の落葉土を代用として試してみるのもよい。ヤスデは杉の落葉土を好むようだ。日本で落葉土中に生息するヤスデは、だ
いたいにおいて杉の林で採集することができる。杉の植林は本州、四国、九州であれば、いたるところにあるので、落葉土の人手も比較的容易で
ある。杉の落葉土はヤスデの床材として最後の切り札といえるだろう。落葉土食のヤスデであれば、餌としても同様である。ヤスデの餌として落
葉土を用いる場合は、生息地の落葉土がもっともいいのであるが、生息地が遠いために採ることが困難な場合は、杉の落葉土を試してみるとよい。
杉の植林は本州、四国、九州ならどこにでもあるので入手は比較的簡単である。落葉土食のヤスデは杉の落葉土をよく食べる。落葉土中に小型の
昆虫、ワラジムシ、ダニなどの小動物が目立つときは電子レンジで殺虫するといいだろう。私の経験では、熱帯のネッタイタヤマスデ目も杉の落
葉土を食べる。
基本的に生息地の土を持ち帰るのがベターと考えます。単に床材として考えれば市販の腐葉土やカブクワマットでも飼育に問題は無いと思います。


○ 水飲み場
小皿や不要になったビンの蓋など適当なものに、水を入れて水飲み場を作ってあげよう。水を入れた皿は湿度の保持にもつながる。小型の多足類
は、水飲み場でおぼれることがあるので、適当な大きさに切った園芸用の吸水スポンジを小皿に入れてやるとよい。
こまめに霧吹きし、容器側面に細かな水滴が付くようにしてやると、水入れを設置しなくても問題ない。「こまめ」とはどのくらいの頻度で、ど
れくらいの水量が必要になるかは、容器の大きさ、飼育個体数、床材質、(保湿)蓋の有無などなど諸条件によって一様ではない。あたりまえの
ことであるからこそ、毎日の観察が重要なのである。どこかの誰かさんは、データロガーを設置しているとのたまわっておられたが、その機械が
故障していた場合はどうなるのか? エアコン入れてるから安心とか言って、エアコンぶっ壊れて生きものかなり死なせたなんて話もちらほら聞
く。
とにかく自分の目で毎日観察するに限る。


○ 小バエ対策
ヤスデの餌として、果物、野菜、キノコ、リタガメの餌、昆虫ゼリーなどを用いた場合、それらの餌に暖かい時期は小バエ(ショウジョウバエ、キノコバエなど)がやってくる。数日、餌を放置するとハエのウジが発生する。小バエの侵入を防ぐため、および容器内で発生した小バエを外に逃がさないために、容器の蓋と本体の間に防虫・保湿シート、テトロン、新開紙などを挟むとよい。オオムカデ目の飼育でも小バエがよってくる餌を用いるときは、同様の対策が必要となる。飼育容器を置いている部屋に市販のハエ取り紙を設置するのも有効である。ビンに紹興酒を入れて置いておくのもよい。紹興酒に寄せられた小バエは酒に溺れて死ぬ。
ミドリババヤスデは基本的に土食なのでコバエの心配は必要ありません。マルヤスデ系で上記のようなエサを与えるのであれば何か対策を講じてください。


◎ 温度と湿度の管理

○ 温度計、湿度計、温湿度計
温度と湿度の管理は飼育の要の1つである。そのためには、飼育容器内に設置できるような小型の温度計、湿度計あるいは温湿度計があると大変便利である。飼育に適したものはペットショップ等で購入できる。霧吹きをするときは、それら温湿度計等に水がかからないようにする。内部が錆びるもとになる。霧吹きするときは容器の外に出しておいた方がいいだろう。容器内に設置するときも、直接、底の落葉土や砂の上に置かず、台をおいてその上に置いた方がよい。
あるに越したことは無いが、温度計や湿度計に頼りすぎると肝心なものが見えずに失敗することがある。ある程度アバウトな方が結果オーライであることがしばしばある。


○ 温度の管理
飼育場所と採集場所の気温がそう変わらなければ、温度についてはそう気にすることもなく、室温で飼育すればよい。(以下、熱帯産などの場合が記述されているが省略)
上記のとおり、さほど気にすることはありません。飼育容器を屋外に設置している場合は、直射日光や風雨、寒風などが避けられる場所を選んでください。

○ 湿度の管理
湿度はわれわれの肌では直感的に把握しづらいため、湿度計もしくは温湿度計の導入が威力を発揮する。適切な湿度がどれくらいかは、種類によっても異なり、把握しづらい問題である。湿度60〜80%の範囲で、飼っている多足類の状態を見ながら調整するとよいと思われる。同じ容器内で、湿度の異なる床材を敷いてみて、どちらによくいるかで好む湿度を推測することもできる。可能なら生息場所の湿度を計測しておくとよいだろう。日本産の多足類であれば、おおむね多湿を好むと思われる。容器内の湿度がまわりの飼育環境の湿度より高い場合、時間とともに容器内の湿度は下がり、まわりの環境の湿度に近くなっていくので、水分の補充や保湿の措置が必要になる。水分の補充は、ビンやコップで直接、床材に水をかけるか、霧吹きするとよい。ペットボトルに水を入れて用意しておくとよいだろう。湿度の調整は、蓋の通気性の調整と床材への水分の補充の組み合わせで行う。具体的な調整法を以下に述べる。昆虫飼育用の容器には綱型のプラスチックの蓋がついているが、これはそのままでは水分の蒸発が早く、湿度の保持には適していない。防虫・保湿シートや新聞紙を蓋と容器の間に挟むことで、水分の蒸発を抑えることができる。また、綱の部分をテープなどでおおい、そのおおう面積で容器内の水分の蒸発速度を調整することもできる。テープを使う場合は、多足類が綱に登ったときに歩肢がテープの粘着面につかないように、裏側からはるようにする。園芸用の吸水スポンジを床材の下に敷くと保湿効果がある。
毎日観察していれば、乾いてきたとか、湿り具合がどうかなど直ぐに判ります。湿度計を設置することに何の意味があるのかをよく考えてからにしましょう。何の湿度を測るのかが大事です。空気中の湿度なのか、土(床材)の湿度なのか、それを測定して何に役立つのか? 具体的に何%の空中湿度が必要で、床材は湿度何%あれば良いのですか? そんなことを気にするくらいなら、自分の目や皮膚などで感じるものがあるはずです。上の「水飲み場」でも書いているように、横着せずに自分の目で毎日観察することが一番です。


◎ 餌
ヤスデは種類により食性が異なり、また、試してみないと食べるかどうかわからないことも多い。いろいろな餌を与えて試してみるとよい。落葉土を食べる種類には、生息地の落葉土や杉の落葉土が一番よい。ただし、これら天然の落葉土には、色々な小動物や菌類、細菌等が含まれており、それらの殺虫、殺菌が必要になる。また、生息地が遠い場合は調達が面倒である。園芸用の腐葉土や発酵マットを食べる場合もある。生息地や杉の落葉土を餌として与えるときは、園芸用の腐葉土を床材とし、生息地や杉の落葉土を小型のタッパなどに入れて飼育容器の一角に床材に埋めるように設置するとよい。そうすれば餌の落葉土の量は少なくてすむ。落葉土中に糞が目立つようになったら交換するとよい。野外で落葉土を採集する場合は、現地で落葉土を園芸用のふるいでふるい、下に落ちた落葉土片だけを持ち帰るようにするとよい。持ち帰った落葉土片は飼育容器等に入れ、蓋の間に防虫・保湿シートを挟んで、時々水分を補給するか、タッパに入れるなどして、乾燥しないようにして保管する。スーパーマーケットなどで買える餌としてはジャガイモ、リンゴ、ミカン、キャベツなどの野菜・果物類、エノキダケ、マイタケ、シメジなどのキノコ類(シイタケは食べないようである)、ドッグフードなどがある。ペットショップで入手できるものとしては、昆虫ゼリー、リクガメやイグアナの餌、クワガタムシの幼虫飼育用の菌などが使える。昆虫ゼリーは種類によって、ヤスデがよく食べるものとそうでないものがあるので、各種、試してみるとよいだろう。ヒメヤスデ目、フトマルヤスデ目、それにペットショップでよく見かける熱帯産のヒキツリヤスデ目など、円筒形の体が特徴的なヒメヤスデ上目Juliformia は、比較的、食べものの幅が広いようである。上であげた野菜、果物、キノコ類、昆虫ゼリー、リタガメの餌、ドッグフードなどを試してみるとよい。私の経験ではオビヤスデ目のヤケヤスデとオビヤスデ属の一種、およびヒメヤスデ目のフジヤスデ属の一種はジャガイモを食べる。難しいのは朽木の裏などに生える菌類を食べるヤスデの餌である。ヒラタヤスデなど菌食のヤスデは特定の菌類だけを食するようである。採集した朽木を持ち帰り、それに生える菌を餌とするしか、今のところ手段がない。菌食のヤスデの餌の開発は今後の課題である。
上記のとおり、「生息地の落葉土や杉の落葉土が一番よい。」で間違いない。ただし、殺虫、殺菌については、個人的見解を述べると、大きな生きもの、たとえば蜘蛛や蟻にムカデなど肉食性の生きものは除去すべきと考えるが、殺菌や滅菌することはしない方が良いのでは無いかと思う。電子レンジで加熱したりする人もいるようですが、土中には有用な菌類も生息していて初めて生息地の土と呼べるのではないかと考える。土を食べているが、実は土中菌類を食べているのではないかという意見もある。事実かどうか、科学的な検証をするすべも持ち合わせていないし、そのような根拠や結果は知らない。熱帯産タマヤスデは特定の腐葉土しか食べないが、それで繁殖まで難なく持って行けるということもあるので、色々試してみるしかない。ミドリババヤスデは大量に土を食べては糞土の造形物を作るため、生息地の落葉土や杉の落葉土を大量に必要と考える。出来ればコンテナボックスに1個を満杯にするくらいは用意しておきたい。もちろん必要の都度調達することが可能であればそれでも良いが、いつもいつも状態の良い落葉土や杉リターが入手できるとは限らないし、自分の手元で熟成させて置いて少しずつエサとして与える方が効率的である。


◎ 餌の与え方
落葉土の場合は前記のように小型のタッパなどの容器に入れて床材の一角に置くとよい。小型の容器に入れた落葉土は乾燥しやすいので湿度の保持に気を使おう。糞が目立つようになったら、新しい落葉土と交換するとよい。野菜、果物、リタガメの餌、昆虫ゼリーなどは、鮮度が落ちたら取り替えるようにしよう。これらの餌は小皿の上において、床材を汚さないようにする。また、暖かい時期は小バエがよってくるので、防虫・保湿シートやテフロンなどを蓋と容器本体の間に挟むとよい。昆虫ゼリーにはカビが生えることがある。昆虫ゼリーの種類により、それに生えるカビも異なることがある。カビは種類によってはヤスデに悪影響を与える場合もあるようなので、カビが生えたら交換しよう。カビの生えた昆虫ゼリーを、ノコバシロハダヤスデKiusiunum melancholicum (オビヤスデ目、シロハダヤスデ科) 2匹の入った容器に入れたところ、翌日、2匹とも死んでしまったことがあった。ヤスデがカビを食べたかどうかはわからなかったが、カビがなにがしかの悪影響を与えた可能性がある。
上記のように床材の一角に置いてやると良い。「糞が目立つようになったら、新しい落葉土と交換するとよい。」と書かれているが、ミドリババヤスデは、下の「幼体から成体への飼育や繁殖が目的の場合」に書かれているとおり、落葉土中に脱皮用の繭や産卵用のドームを作ったり、落葉土中のくぼみに産卵したりするので床材には落葉土を用いる。落葉土はすなわちエサ土であり、糞が一杯になったからと言って簡単に捨てるわけにはいかないし、何度も同じ土を食べることもある。結構悩ましいところである。やはり、ある程度の交換は必要と思われるが、かといって、マルヤスデ系のように糞だらけになった床材である腐葉土をごっそり捨てるわけにも行かない。もちろんマルヤスデも床材に産卵することがあるので、しばらく糞土を保存しておく必要があるので、そのような方法もひとつの手であるが、ミドリババヤスデは卵塊を作るらしい。その辺は試行錯誤でやっていくしか無いのが現状である。糞土の造形物を取り除いて良いのかそのままにしておくのか、今のところよくわからないので、取り除かずに、少しずつエサ土を蒔き出している。エサ土は生息地の落葉土と杉リターをよく混ぜて、熟成させるのが良いと考える。杉などの針葉樹には樹脂が多く腐葉土となりにくいためである。


◎ 1つの容器に入れる匹数
ヤスデ綱は共食いはしないので、数匹入れてもよいが、入れすぎないように気をつける。糞の増え方が速いようであれば、匹数を減らすとよい。
三瓶山のミドリババヤスデなどの論文に生息密度が記載されているが、群遊する様な場合はかなりの密度で生息しているが、個人がプラケ程度で飼育する場合は密度は出来るだけ低い方が良い。特にプラケなど容量的に少ない容器は1、2ペアが限界ではないかと思う。もちろん単に鑑賞するだけなら過密でも飼育可能だが、やはりエサの問題で、直ぐに糞土で一杯になり、エサが無くなる。もちろん追加できるエサ土を確保している場合は、その限りにあらず。もちろん繁殖狙いならペアは必須。


◎ 飼育容器の設置例
ヤスデ綱用の設置例である。容器は入手しやすい昆虫用の飼育容器を使っている。湿度の保持のため、蓋と容器本体の間に防虫・保湿シートを挟んでいる。床材に腐葉土を使っている。餌として電子レンジで殺菌・殺虫した杉の落葉土を小型の容器に入れて設置している。ヤスデは床材の腐葉土には潜れるため、隠れ家は作っていない。水飲み場と温湿度計を置いている。飼育しているのはミドリババヤスデである。
飼育者の好みで自由にすればよいが、上記記述のとおり、保湿シートは設置した方が良い。床材も厚めの方が湿度管理がしやすい。


・ヤステ綱用の飼育容器の設置例
左上角にプラスチックケースに杉の落葉土を入れたものを置いている。
Image0044.jpg

 ↓ 私の飼育容器設置例


エサ土兼床材を数センチほど入れてある。その上に杉リターを置いている。水入れは設置していない。




○幼体から成体への飼育や繁殖が目的の場合
幼体から成体への飼育では、今、飼おうとしている多足類の成長段階、および変態様式についての情報があると都合がよい。繁殖させるには、それに加え、雌雄の判別が必要になる。これらを確認する前提として、飼おうとしている多足類のグループを知る必要がある。グループは目がわかればなんとかなるだろう。目の識別、成長段階、変態様式等については第8章を参照されたい。ヤスデ綱は落葉土中に脱皮用の繭や産卵用のドームを作ったり、落葉土中のくぼみに産卵したりするので床材には落葉土を用いる。他は、基本的に成体の鑑賞が目的の場合と同じである。
ミドリババヤスデはオビヤスデ目 (Polydesmida)、ババヤスデ科 (Xystodesmidae)である。各胴節の側部が翼状にはり出す。日本産で緑灰色である。落葉土中に生息する。成体の胴節数20および19、成体の体長45〜55o。完増節変態をする。オスメスの判別が簡単なのでペアをそろえる。あとは運を天に任せて飼育するのみ。


○掃除
床に落ちている食べ残しや糞はできるだけピンセットで取り除いた方がよい。放置するとカビが生えることがある。床材は汚れ(ヤスデの場合はフン)が目立つようになったら交換するとよい。床材の交換時には、多足類は別の容器に移しておく。ヤスデ綱の場合、分泌液の毒性の低いものであれば素手でつかんでもよい。八重山にいるヤエヤママルヤスデなどを除けば、日本産の種は素手で扱っても大丈夫である。熱帯産のフトマルヤスデ目やヒキツリヤスデ目の大型のものは分泌液の毒性の強いものがあるので、ピンセットを使うか、ビニール手袋をしてつかんだ方がよい。
エサの与え方にも書きましたが、マルヤスデのようにコロコロウンコではないので、簡単に掃除は出来ない。取り除くことは不可能ではないが、糞土の造形物を取り除いて良いのかそのままにしておくのが良いのか、今のところよくわからないので、取り除かずに、少しずつエサ土を蒔き出している。ただし、餌土蒔き出しでは、いずれ土が容器一杯になるので、対処法を考えておく必要がある。今のところ様子を見て、時々杉リター&生息地の土熟成容器に戻して撹拌することとしている。

○寿命について
ヤスデは数年の寿命を持つものが多いのだが、成体の期間は1年かそこらということが多いようである。よって、もし成体の期間が1年であれば、飼育を開始した時期が成体になってから半年たった時点であれば、寿命はあと半年しかないことになる。ペットショップで売られている熱帯産のヤスデの多くは成体のようである。ペットショップで購入したヤスデの多くが1年以内に死んでしまうのは、この理由によることもあるのだろう。立派な成体と最長でも1年かそこらしか一緒にいれないことは誠に寂しいことではあるが、これは遺伝的にプログラムされていることであろうから、自然の摂理として素直に受け止めるしか仕方がない。長く飼育したければ、幼体から飼うのがよい。
私の飼育実績で言わせてもらうと、夏に成体を採集しても冬越し出来て、翌年の夏から秋口まで生きることから、成体で半年以上1年近くは飼育可能である。上記の記述とほぼ整合する。ただし、秋頃からポツポツと落ちていく個体もいる。これらは昨年成体となった個体ではないかと思われる。当然今年成体になって繁殖を終えて死ぬものもいるだろうし、途中で何らかの原因により死んでしまう個体もいる。悪く言えば当たり外れがあって、どんなに元気な個体であっても死ぬときは死ぬのである。そこまでの命だったのだと思うしかない。もちろん自分の飼育ミス(温度や湿度や餌や水など諸々の条件がある)による死は飼育者の責任である。


採集法

野外で多足類に対面するほど理想的な出会いはない。眠れる狩猟本能を呼び覚まして野に出かけよう。採集は調子が出てくると、なかなか愉しいものである。ここでは多足類への親しみが増すことを願い、採集法を述べる。まず、採集道具の説明を行い、次に採集法について述べる。
採集方法や採集道具は多足類読本に記述のとおりでよい。幸いにして、ミドリババヤスデは杉林縁から数メートル程度の範囲で、下草が無いようなところに生息していることが多いが、近年、鳥獣害でヒルやマダニなどによる病気が取りざたされているので注意するようにして欲しい。また、毒虫やムカデなどにも注意して欲しい。場所によっては生息密度が高く、いくらでも採集出来る場合があるが、必要最小限度の採集にとどめておくのが良い。ついついたくさん採集してしまいがちだか、エサ土に困って結局死なせてしまうようでは飼育繁殖を狙うと言うよりも、不快害虫を駆除しているのと何ら変わりないことになる。よほどミドリババヤスデ飼育に長けている人やエサ土の大量ストックが出来て、広い飼育スペースが確保できる人ならたくさんの個体を採集してもそれなりに何とかなるかも知れないが、そうでなければ、数ペアを限度に採集することを考えてみて欲しい。




以下にいろいろな項目立てて書かれているが、ミドリババヤスデの成体に限れば、杉林縁から数メートル程度の杉リターがたまっているところを移植ごてなどでリター除去するだけで簡単に見つけることが出来る。それなりの服装と靴と移植ごてと生体を入れる容器があればよい。出来れば生息地の土も持ち帰るための袋もあると良い。採集した後は、散らかしたままにせず、できる限り元の状態に戻すこと。私有地であっても、たいていの場合、ヤスデ採集程度のことであれば問題ないですが、所有者の了解を得ておくのが良い。実際には採集場所を事前に決定し、その土地の所有者を特定し了解を得ると言うことは誰もしないでしょう。「多足類読本」でもバイクで日本各地に採集旅行に出て、「はじめての土地で、ここぞと思った林で・・・・」と記述されています。田辺力氏も無断で初見の林に足を踏み入れてヤスデ採集をしています。もし採集時に土地所有者に見咎がめられてもヤスデを捕まえていますと言えば、たいていの場合「ああそうですか」ですみます。某神社の敷地で採集していた場合は「全ては神の使いなので勝手に採集してはいけない」などと言うところもありました(実体験談)。公園などでは生きものや植物の採集を禁止している場所もありますので、トラブル防止のため、それらの指示に従いましょう。


採集道具

 ピンセット
 長さ13〜30pの中から用途にあったものを使えばよい。

 軍手
 雨の日や落葉が湿っているときは替えを2つほど持っていくとよい。必需品。

 小型の熊手
 潮干狩りで使う小型の熊手である。落葉をかきわけるのに用いる。手で落葉をかきわけると手が痛むので、ぜひ準備したい。必需品。
   
 筆記具とメモ帳等
 日付、採集地、採集地の状況等の記録に用いる。メモ用にB6判の情報カードの薄手のもの等、何を使うかは各自の好みでよい。

 多足類を入れる容器
 採集した多足類を生かしたまま、あるいは固定して持ち帰るときには、一時的に多足類を入れておく容器が必要になる。採集する多足類に応じて適当なものを選んで持っていく。

 1.ビニール袋
 生かしたまま持って帰るのに用いる。持ち帰るまでに時間がかかる場合や気温の高い時期は、通気用に小さな穴をいくつか開けておくとよい。また、適当に落葉を入れておくのもよい。チャック付きのものは便利である。

 2.塩ビのビン
 理科機材のカタログには「広口T型瓶パッキン付き」の名称で載っている。塩ビ製のため軽量で野外に持っていくのに都合がよい。落葉土を入れて生かして持ち帰るのに用いたり、飼育容器としても使えるなど、多目的に使えて便利である。蓋はスクリュー式で内側にパッキンがついていて密閉性がよく、アルコールを入れて現場での固定用や標本ビンとしても使える。簡易としてはペットボトルも使える。

 3.タッパ
 蓋の密閉性はないので、固定用の容器としては使えないが、多足類を生かしたまま入れておく容器としては便利である。生かしたまま入れておく場合は蓋にいくつか通気用の小さな穴を開けておくとよい。様々な大きさのものが、スーパーマーケット等で手軽に手に入るため、旅先でも調達しやすい。入手のしやすさはタッパのよさである。

 4.カメラのフィルムケース
 小型の種類を入れるのによい。生かしたまま入れておく場合は蓋に通気用の小さな穴をいくつか開けておくとよい。現在は入手しにくくなった。

 5.遠沈管
 本来、遠心分離で用いる容器だが、軽量で、密閉性のよいスクリュー式の蓋がついており扱いやすい。いくつかの大きさがあるが、30o径、116o長のものがよい。生かしたまま入れておく場合は蓋にいくつか通気用の小さな穴を開けておくとよい。アルコールを入れて持っていけば、現場での固定用の容器にもなる。アルコールを入れる場合は、薬剤耐性の材質のものを選ぶ。薬剤耐性のものであっても、長くアルコールを入れておくと、アルコールが変性し、標本に悪影響を与えるようなので注意する。理科器具店で購入できる。

 小型スコップ・根掘り
 朽木をくずしたり、ピットホールトラップを設置するときに用いる。

 吸虫管
 小型の多足類の採集に用いる。円筒形の容器に管が2つついており、片方の管から口で空気を吸い込み、その勢いでもう片方の管から小動物を円筒形の容器に吸い込む仕組みになっている。理科器具店で購入できる。ヤスデを吸い込むときは、ヤスデが分泌した防御用の液がガス化し、それも一緒に吸い込むことになるので注意する。オビヤスデ属の分泌液は口に入ると刺激が強い。そういう場合は、無理に吸虫管を使わず、ピンセットを使った方がいいだろう。


 服装・靴・その他装備品

 1.長袖の服
 林の中を歩くと木の枝が体にあたり、擦り傷の原因になるし、蚊などの虫さされ対策としても肌の露出は最小限にしたい。夏でも長袖を着ることには意味がある。

 2.帽子
 帽子は木の枝等から顔や頭を保護するのに役立つので、林の中でもかぶるとよい。

 3.雨具
 多足類の採集では、落葉をかきわけたり、朽木をひっくり返したりと、わりと運動量が多く、暖かい時期はよく汗をかく。高価だがゴアテックス製のものは汗で蒸れにくくてよい。

 4.長靴
 靴は長靴が便利である。運動靴等では林の中を歩くと落葉土が靴の中に入ってきたり、石や落ちている木の枝、朽木等が足首や脛にあたりけがをすることがある。長靴であればこれらの障害に対応できる。生ゴム底のものが滑りにくくてよい。

 バッグ類
 腰にさげて使う釘袋、Dパックやウエストポーチなどから、好みのものを選べばよいだろう。

 ヘッドライト
 薄暗くなってからの林内での採集では役に立つ。洞窟採集では必需品である。リチウム電池式のものは軽量で扱いやすい。

 地図
 地理的なスケール別に次の3種類があるとよい。

 1.都道府県別の日本地図

 都道府県単位で見開きで見れる地図は一覧性に優れる。近場やよく知っている場所への採集なら必要はないが、広範囲に採集する場合や、なれない地域への採集旅行では便利である。私は『日本地図帳』 (国際地学協会発行)を使っているが、この地図は読みにくい地名にはルビがふってあったり、町を「まち」と読むのか「ちょう」と読むのかについてもわかるようになっていたり、改訂も短期間で行われるなど、色々な面で優れている。ペーパーバック版とハードカバー版がある。

 2.県単位の道路地図
 車を使った採集ではもっとも頼りになるものである。私は昭文社の『県別マップル』シリーズを用いているが、使いではよい。
 3.国土地理院の1/5万か1/2万5千の地図、あるいは環境庁発行の都道府県別メッシュマップ
 私は1/5万地図の必要なものだけをコピーして採集に持っていき、採集した場所やメモをそれに記入することがある。環境省発行の都道府県別メッシュマップは国土地理院の1/5万地図の上にメッシュを重ねたものである。メッシュデータが必要な場合はこれを用いる。

 高度計
 標高(高度)は採集地情報としてだけでなく生態学的情報としても有益である。できるだけ記録するようにしたい。高度計は登山用品やアウトドア用品店で購入できる。私が用いているのはトーメン社の5000m用である。これはアナログ式だが、デジタル式のものや高度計が組み込まれた腕時計もある。高度計は気圧をもとに標高を出すので、同じ標高でも気圧の変化にともない目盛りが動く。よって、採集にいく前に標高の値のわかるところで、目盛をその値に合わせる必要がある。たとえば、海岸で目盛りを0mに合わせるなどである。高度計を保管している場所の標高を測っておくとよい。

 GPS
 採集地の緯度経度の計測に用いる。まわりに目印がなにもないような地点では地図があてにならず、緯度経度だけが信頼できる採集地データとなる。緯度経度ほど正確な採集地データはない。人工衛星からデータを受信するので、谷など衛星の電波の届かない所では計測できない。データが数値の羅列なため、書き写す時の誤りに気をつけよう。

 タオルやティッシュ
 あれば使うものである。常備しよう。

 薬等
 採集に持っていくとよい薬等は、虫除けスプレー(蚊のいる時期は必需品である)、バンドエイドなどの絆創膏、消毒液、傷薬、ムカデに咬まれたときの薬(キンカンなど)や毒を吸い出す器具である。私はこれらに加え、アレルギー性鼻炎の薬を常備している。採集中はなにかと埃がたち、花粉症の時期でなくとも鼻炎の症状がでやすい。鼻炎の方は用意しておくといいだろう。私はこれらをチャック付きの透明ファイルにまとめて入れて、採集の際はいつも携帯するようにしている。

 洞窟採集用の道具
 洞窟採集ではヘッドライトとヘルメットが必需品である。ヘッドライトは予備のものを必ず持っていくようにする。靴も滑りにくいものを履く。場所によってはロープも必要になる。

 落葉土中の小型多足類用の専用道具

 落葉土中の1p以下の多足類を効率よく採集するために、園芸用のふるい、ツルグレン装置、シフター、白い布やビニール袋などの道具を用いる。これらの道具については、落葉土中の小型多足類の採集方法のところで詳しく説明する。

 ピットホールトラップ用の道具
 使い捨てのコップを用いる。詳しくはトラップ採集のところを参照されたい。


採集法

 採集の場所と方法は多足類全体で共通するところが多い。ここでは場所別に採集法を述べる。トラップと落葉土中に生息する1p以下の小型の多足類の採集法については省略する。

 場所別の採集法

 1.林
 多足類にとって林は主な生活場所である。しかし、どの林にも多足類がたくさんいるわけではない。たくさんいる林というものがある。また、多足類は林の中にまんべんなく生息しているわけではなく、やはりポイントがある。ここではまず多足類の採集という目で見た林の種類を述べ、次に林の中での採集のポイントについてふれる。
 いちばん確実で手軽な採集場所は杉の植林である。杉の植林は本州、四国、九州であれば、いたるところにある。もっとも、杉林ならどこでもいいということはない。開けたところにぽつんと孤立した杉林ではいい成果は望めない。山麓や山間の道沿いで、大きく育った杉が並んでいる林がよい。杉を植えてある間隔も重要である。まばらに植えてある林では日光が林床までとどき林床は乾燥している。こういう林は採集に不向きである。林床が暗く下生えの少ない、落葉が厚くたまっている林を探そう。国道沿いの杉林でも十分に成果は上がるので、なれない小道に無理に入っていかなくてもよい。ヤスデに関しては、落葉土中や朽木に生息する種であれば、その地域に生息するものは杉林だけでたいていのものを採集できる。

 ・神社の林
 神社には鎮守の森としてしばしばいい林が残っている。そういう神社の林は、平野部など宅地化が進み林が少ない地域では貴重な採集地である。
 「採取方法」の最後でも書きましたが、神社は動植物の採取には余り寛容ではないことがあります。可能であれば社務所等で許可を得てから採集することをおすすめします。

 ・原生林
 当然のことながら、原生林はよい採集地である。ただし採集禁止の所も多いので、事前に調べておく必要がある。

 ・雑木林
 上記の場所ほどではないにしても、なにげない雑木林でも多足類は生息している。近くの林で採集を試みてみよう。

 林の中での採集ポイント

 多足類は林の中にまんべんなく分布しているわけではない。限られた場所に集中して生息している。多足類が集まる場所としては次のものがある。

 ・林の縁近く
 多足類は林の緑の近くに多く、林の奥には少ない。日光があたる林の縁は、落葉土が乾燥し多足類の生息には適さない。それから少し林の中に入ったところがポイントである。目安としては下生えの雑草がなくなるあたりからがポイントと見てよい。なお、林縁がよいポイントなのは多足類に限ったことではない。
 下の写真のような感じのところが「林の縁近く」で、木漏れ日程度がうっすら射すくらい。地面はわずかに湿り気がある程度。


 ・落葉が厚くたまったところ
 落葉が厚くたまっているところは湿度も保たれ、多足類のよい住処になっている。林床のくぼみや段の下(図5−5)などは落葉がたまりやすく、よいポイントになっている。林の中でそういう場所を見つけたら、落葉をかきわけてみよう。多足類は落葉の層の一番下のところ、土との境界部に多く、表面の乾燥した落葉の層にはほとんどいない。ジムカデ目はやや土に潜ったところにいる。
林内に段がある場合は、段の下の角に落葉がよくたまり、よい採集ポイントになる。杉の植林ではこのような段を時々見かける。
 ヤスデの種類にもよりますが、必ずしも針葉樹の落葉である必要は無く、ミドリババヤスデでも広葉樹の落葉下で見つかることがあります。マクラギヤスデなどは、刈って積み上げた草などで見つけることも出来ます。


 ・朽木
 朽木を見つけたら、ひっくり返してみよう。朽木の裏や下は多足類のよい住処および隠れ家になっている。冬季以外にゲジ類を採集するとしたら、朽木の裏や下が主な採集ポイントになる。また、朽木の裏には菌類が生え、それを食べるヤスデ類が生息している。朽木の樹皮下にも多足類は潜んでいる。なお、ひっくり返した朽木は採集がおわったらもとに戻しておこう。
 朽ち木にはいろいろな種類のヤスデが見つかりますが、かなり湿った朽ち木ではタマヤスデを見つけることが出来ます。


 ・石の下
 大きめの石の下は朽木同様に多足類のよい隠れ家になっている。冬期は越冬中のヤスデが見つかることもある。ひっくり返した石は採集がおわったらもとに戻しておこう。名の通りイシムカデ目は石の下によくいる。動きが速いので、さっとピンセットでつかまえよう。

 ・樹上
 南西諸島やそれ以南の亜熱帯・熱帯地域では樹上性のヤスデがよく見られるようになる。オビヤスデ目のネジアシヤスデ属は樹上性で、昼間は木の葉の裏にいることが多い。フトマルヤスデ目やヒキツリヤスデ目は幹を這っていることがある。

 2.洞窟
 洞窟・地下性のヤスデを採集する場合は洞窟に潜ることになる。洞窟の採集は危険がともなうので、できれば単独の調査は避けた方がよい。単独で、しかもはじめての洞窟に潜る場合は、経験者のアドバイス等を受けて万全の体制で望みたい。採集を計画している洞窟について、文献が出ていれば事前に調べておくとよい。洞内の地図がある場合はぜひ人手しておきたい。洞内でのポイントは石の下、湿気で岩の表面が濡れているところ、グアノ(コウモリの糞がたまったもの)などである。冬季は天井や壁面でオオゲジが越冬していることがある。オオゲジを確実に採集するには冬季に洞窟にいくのがよい。

 3.防空壕跡等
 防空壕跡や人為的に掘られた穴にも、洞窟と同様に冬季にオオゲジが天井や壁面で越冬していることがある。

 4.アリの巣
 オビヤスデ目のハガヤスデ科やフサヤスデ目にはアリの巣に棲むものが知られている。

 5.公園・畑・道路脇

 宅地化が進んだ場所でも、限られた種類ながら多足類は生息している。公園で石をひっくり返したり、落葉をかきわけてみよう。畑があれば脇の石の下や、ごみの中などもポイントである。道路脇の石の下にもいる可能性はある。こういう場所で採集すれば、多足類が身近な生きものであることが実感できるだろう。
越冬中はオオゲジの動きも嬢やかで採集しやすい。


 トラップ
 見つけ採りではなかなか採集できない種類がトラップで得られることがある。トラップの欠点は、最低でも一晩は時間をおかねばならないことである。そのため、旅先などではできないことがある。
 ここではもっとも簡単なトラップであるピットホールトラップを紹介しよう。ピットホールトラップとはいわゆる落とし穴であり、多足類に限らず地表徘徊性の小動物を採集するのによく用いられる。

 1.材料と道具

 ・プラスチック・紙製の使い捨てコップ

 ピットホールトラップの個数に決まりはないが、20個ぐらいが妥当だろうか。あまり少ないと収穫がないかもしれないので、最低でも10個はしかけたい。

 ・小型スコップ
 コップを埋めるために土を掘るのに使う。細長く丈夫なものがよい。

 2.準備
 雨が降ったときにコップに水が溜まらないように、コップの底に小さな穴をいくつか開ける。

 3.ピットホールトラップの仕掛け方と回収

トラップは当然、多足類のいそうな場所に仕掛ける。前途したような採集ポイントに仕掛けるといいだろう。また、人目につきやすい場所は避けた方がよい。ここぞと思う場所を見つけたら、スコップで土を掘りコップを埋める。コップの口と地面に段差がないようにコップの口のまわりを土で固める。地表俳個性の多足類は基本的に夜行性なので、トラップは午後に仕掛けて翌朝に回収するのがよい。
トラップにかかった多足類は捕食者に食べられたり、トラップ内で死んでアリの餌になったりするので回収は早い方がよい。長く仕掛けておく場合でも、できるだけ毎朝、見ておいた方がよい。トラップを回収しにいくとトラップが掘り起こされていたり、なくなっていたりすることがある。なにかの動物の仕業と思えるがこれは避けようがない。


 落葉中の小型多足類の採集法

 落葉土中に生息する1p以下の多足類を採集する場合は、見つけ採りよりも次に述べる専用の道具を用いた方法がはるかに効率が上がる。それらの方法は多足類に限らず小型の土壌動物の採集一般に用いられているものである。

 1.ふるいによる落葉土片の採集法

 落ち葉を園芸用のふるいでふるい、下に落ちる落葉土片を大きめのビニール袋で受ける。ふるいに残った落葉は捨て、落葉土片が適量たまるまでこの作業を繰り返す。これによって得られる落葉土片には高い密度で小型の多足類が含まれることになる。ふるいは直径30cmほどの園芸用のステンレス製のものを用いる。これには、取り換え可能な、目の大きさの違う3種類の網がついているが、一番大きな目のもの(目の大きさは5o×5o)を用いる。落葉土片を受けるビニール袋は45リットルペール用のゴミ袋等を用いるとよい。落葉土片を持ち帰るときは、クッションとして、ふるいにかけない落葉を数つかみ入れてかき混ぜておくとよい。暑い時期や持ち帰りに時間がかかる場合、あるいは輸送する場合は、ビニール袋に入れたままだと通気がなく落葉土が蒸れて中の多足類が弱るので、布袋に入れかえた方がよい。布袋は適当なものがなければ、スポーツ店で売っている布製の靴袋を用いるとよい。        

 2.白い布・ビニールを使う方法
 上記のふるいを用いた方法により得た落葉土片を白い布かビニールの上に薄く敷く。採集地で行う場合は、白布・ビニールの上で直接ふるいをかけてもいい。白布・ビニールの上で小型の多足類が動き出すので、それを吸虫管かピンセットで採集する。ただし、ヤスデの中にはしばらく丸くなって動かなかったり、体色が白いものもあり、それらは、この方法では採集しづらい。この方法は道具が手軽に揃うこと、採集地でもできることなどの利点がある。

 3.ブリキのパンとコンロを使う方法
 寒い時期は上記の白い布やビニールを使った方法では、多足類の動きが鈍く見つけづらい。そういうときは、寒天を作るのに使うようなブリキのパンを用意し、その中に落葉土片を平らに入れ、下からコンロやストーブ等で熱する。熱により多足類は落葉土片の表面に出てくるので、それをピンセットでつかむか吸虫管で吸う。この際、夜間はヘッドライトを使うと多足類を見つけやすい。コンロを使うときはできるだけ弱火にする。カセットコンロであれば、採集旅行にも持っていくことができる。

 4.ツルグレン装置を用いる
 ツルグレン装置は漏斗を大きくしたような構造をしている。上記のふるいを用いた方法により得た落葉土片を網の上に敷いて、傘をかぶせ、ロートの出口にアルコール入りのビンを置いておく。そうしたら、傘の電球をつける。電球による熱と乾燥と高温により、落葉土片中の動物は下に移動し、綱から落ちてロートを伝わって、アルコール入りのビンに落ちる。ビンのアルコールは蒸発していくので、90%ぐらいの濃度のものを用いた方がよい。落葉土片が乾燥しきったら、多足類の抽出は終了である。落葉土片の量にもよるが、抽出には1〜2日ほどかかる。使用後、網とロートは水洗いしておく。ツルグレン装置は多足類の採集用としては適当な既成品がないので、板金屋さんに作ってもらうとよい。なお、ツルグレンという名称はこの装置の考案者の名にちなんでいる。

 5.シフターを用いる
 シフターは円筒状の布の中にふるいが取り付けられた構造で、ふるいを加工した道具とみることができる。使い方は、狭い口の方をひもでしばっておき、広い方の口から落葉を入れる。落葉を入れた方の口を上にして、ふるいをかけるようにシフダーを動かす。そうすると落葉土片がひもでしばった方にたまる。ふるい終わった落葉は捨てる。この作業を何度か繰り返し、落葉土片がある程度たまったら、しばったひもをほどいて、落葉土片を白い布かビニールの上に薄く広げ、動き出した多足類を吸虫管かピンセットで採集する。基本的にはふるいを使う場合と同じであるが、シフターには、ふるいにかけた落葉土片をしばらくためておけること、祈りたためるので持ち運びに便利などの利点がある(鶴崎、1996a)。
 国内にはシフターの既製品はないので、板金屋さんに作ってもらうか、ヨーロッパから取り寄せるかになる。ヨーロッパの既製品についての詳細は鶴崎(1998)を参照されたい。板金屋さんに作ってもらう場合は、鶴崎(1996a)の設計図が役に立つ。



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